« 司馬遼太郎の功名が辻・5 | トップページ | 司馬遼太郎の功名が辻・7 »

司馬遼太郎の功名が辻・6

あの三条河原での惨状は、
秀吉への不満をつのらせた者も少なくなく、
京の町に立て札やビラが多く見られるようになります。
民衆の精一杯の反乱のようなものです。

本日、第6回はこの様子から始まりました。

2度目の唐攻め決定で、また一豊は残留でしたが、
出兵する大名は遠征資金、また兵の恩賞なども自腹、
居残る一豊達も、京に邸を建てるよう命が下りました。
それも秀次の件以来忌まれた聚楽第の様な邸をと。
この大名の金蔵を空にし、力を奪うような策に、
どの大名も不満を抱くようになっています。
すべては淀の産んだ秀頼(まだ5歳ほど)の為です。

千代も美濃へ、また一豊も掛川へ金策に。
その一豊が留守中の京・山内家に秀吉が現れ、
千代とひと悶着起こしますが、事なきに終わりました。

そして千代淀君からお呼びがかかりました。
一豊も心配します。これに赴くと言う事は、
世話になっている北政所への裏切りとも取られ。。。
千代の縫っている小袖の話などをしたいという事で、
千代はこれに応じ、行く事に決めます。
これくらいの事で、北政所様はお怒りになどならない、
と、いう思いもあったようです。

こういう事情下になると、
訳の分からない人が権威を持ち振りかざす様になる。
そういう人達を千代は面白く思っていませんでした。

   威張っていいのは、
   豊臣家の為に今まで戦ってきたこちら側

このの周りにはそういった権威を着る女官達で溢れ、
千代はここでわざと失礼な事ばかりをして、言います。

 淀を待つ最中なのにトイレに行っていいかとか、
 小袖など着けず裸でも十分淀様は綺麗だろうとか、
  ここでは持って帰るべき菓子を食べようとしたり・・・

  ちなみに現在の振袖の袖の長さは、千代の小袖からだそう

が、やはり今回声がかかったのは淀に付く様にの意味が。
そこで淀の傍にいる大蔵卿(字が分かりません)という女官に、
(この頃の石田光成と勢い同じとするほどの実力者

      おにばばぁ

と言った為、(↑みたい、と言っただけですが?)
秀頼が生まれてから面白くない思いをしてきた諸将は、
これは快事なり!と、困惑の一豊に絶賛します。

これで千代はどちら側なのかはっきりさせました。

これで、一豊には女はもっと慎め、と言われますが、
一豊様ももうどちら側なのかはっきりさせないとと。

今豊臣家は、北政所か決めないと居られず、
そしてこの女二人が豊臣家の未来を握っていたのです。

その3日後、北政所から「普段着で」と千代にお呼びが。
向かえば、頭に手ぬぐいを巻いた・・・それこそ、
足軽の娘時代の「ねね」を思わせる北政所が迎えました。

奥に通されれば、なんと秀吉がおりました!

一豊の留守中に千代の所へ行ったのがばれて、
お仕置きをされていると言うのです。
そして千代に手を付いて誤りなされ、と。
「どうじゃ千代殿、これで許してやっても良いか」と。

これで千代は、

  自分の選択が間違ってなかったと確信します

|

« 司馬遼太郎の功名が辻・5 | トップページ | 司馬遼太郎の功名が辻・7 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

気が向けば武将」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/51359/43343436

この記事へのトラックバック一覧です: 司馬遼太郎の功名が辻・6:

« 司馬遼太郎の功名が辻・5 | トップページ | 司馬遼太郎の功名が辻・7 »